第一人称「僕」という響き

2020年3月28日

エッセイ

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このブログでは音楽活動の事やアコギ、ネット関連サービスや日記まで色々なことを書いている。で、今回エッセイみたいなことを書きたくなって新しく別のブログを作って新たに書こうかって思った。でもやっぱり僕は僕一人なわけで、分ける必要なんてないんだ。



現在購読している新聞は「産経新聞」だ。いつものように朝食後、その新聞を手に取り第一面から眺める。このところまず目につく「新型コロナウイルス」に関するニュースにげんなりしながら、名物コーナー『朝晴れエッセー』へ視線を落とした。

僕は現在84歳です。

まず出だしのこの一文に目が入った。読み進めると内容はこうだ。子供の頃は家庭の都合などで学校へ通う事ができなかった筆者が3月に夜間中学学級を卒業し、自分の名前も書けなかった今までの人生を振り返るというもの。今回名前も住所も書けるようになったことで、夜間学校を卒業するだけでなく今まで文字が読み書きできなかった事による一つの思い出と卒業する...そんな内容だ。

【朝晴れエッセー】2つの卒業・3月28日

そこに書かれたエピソードは素晴らしい。が、僕はなによりその文体に感銘を受けた。「僕」という表現もそうだが、文章を読んでて清々しい気持ちになったのだ。

84歳の高齢の方が自分のことを「僕」と表現するカッコよさ。白状すれば、自分自身を相手に伝えるとき「僕」が一番しっくりする。大人になったからといって「俺」でも「私」でもなく、年を重ねたからといって「ワシ」ましてや「小生」なんて言葉でもない。そんな思いが心の中でずっとあった。

「僕」という言葉に感じる「未熟さ」「謙虚さ」「真面目さ」...そんな魅力を自然と感じている僕がいる。だから親にも「俺」って自らを読んだ覚えがない。たかが自分なんてと思っているし、まだまだ成長したいという気持ちもある。そんな思いがあるから「僕」と自然に口にしてしまうんだろう。

夜間中学学級を卒業された84歳の筆者。彼もまだまだ未熟でさらに勉強したいと思っているに違いない。そんな大先輩の方が「僕」ってカッコよく使ってるんだ。年を重ねるたびに人前で使う事が恥ずかしいように思ってたけど、これからも胸を張って自分を「僕」と呼びたい。

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