ブログは自己満足のスタートでいい 全てではないけどそれがなくては始まらない

2020年6月27日

ネット ブログ論

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過去に書いたブログ記事を読んでみると、内容は読んでて恥ずかしかったり悩ましかったりするわけですけど、その行為自体は悪くないなって思う事がある。書いている人は、僕一人なのにそこには色んなキャラクターがいるような気がするわけですね。

  • やけに砕けた口調だったり
  • 真面目に硬い口調で力説していたり
  • 知ったぶりして情報を書いてたり
  • 胸が躍るような感情を書いてたり

そこには異なるキャラクターをもった自分がいるわけです。多重人格ってわけではないと思うけど、その時その時の喜怒哀楽からによるものか、感じた事によるものなのか...とにかく違うわけですよ。まぁ~そんなわけですから、あまりにひどいなって思うときは書き直そうかと思うわけですが、書いた当時の気持ち・テンションじゃないのに書き直すはどうかって。やはり書いてるその時は、自分なりに「いい」と思って書いてるわけですから(^^)。

自分の書く文章について


学生時代に卒業論文を書く際に指導教授にこんなこと言われた。

「書いた論文は誰が読むか...一番読むのは自分だから、後で読んで自分が何か感じれるようなことを書きなさい。」

って。すごい研究をした論文であれば色んな人に向けて書くんやろうけど、一般の学生が書く論文はそうでない場合が多いのが現実です。で、あとで自分が何を感じるのかが大事なんだって言われたなぁ~。

  • よく頑張ったって思えるか
  • 何もやってなかって思うのか
  • アチラこちらの文章を貼り付けただけって思うのか

そうなった場合に、どうありたいのか。どう思いたいか。

「そこは自分で考えなさい。」

って。こんな事言われれば、誰でも「あ~。あの時頑張ったよなぁ~」って思いたいから、頑張ってしまうじゃないですか。振り返ればモチベーションコントロールが上手い教授だったと思います(^^)。

で、過去のブログ記事の話ですが...

内容が稚拙には違いないけど、知ったかぶりの内容にしてもいずれも当時頑張っている自分がいるのはわかる。『あ~この記事はネタがない日に、無理して頑張って書いたな』とかね。それは自己満足って言葉で片付けられるかもしれないけど、自己満足でいいんじゃない?って思ってる。だって自分が満足できないようなものは他人は絶対に読まないから。アクセスアップとかそんな話は、それができてから。これは間違いない真実ですからね(^^)。

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